About-TAO


“和太鼓”--- その言葉に多くの人が抱くであろうイメージを、TAOのステージは大きく裏切ることだろう。TAOがめざすのは、「伝統芸能」という雛壇の上の存在ではない。和太鼓による国境を超えたエンターテイメント。結成して十年余、TAOが一貫して追い求めてきたのは、そんな、かつてどこにも存在しなかった新しい和太鼓パフォーマンスの世界である。 そして今。TAOはその夢をたしかな境地として手に入れ、“ WADAIKO ”という言葉で世界と語りはじめた。2004年の国内外同時デビュー、イギリス・エディンバラで現地の観客やメディアから、各国のプロモーターから浴びた称賛の嵐。そして2005年、TAOの舞台は地球上の各地へと大きく広がった。 TAO --- 自ら「道」と名乗り、道無き道を歩み続けてきた彼らの前には今、世界へ、そして和太鼓の未来への扉が大きく開かれている。

メディア評

『日本から来た12名のドラマーがヨーロッパのステージを征服している』(2007)
(EVENT―独イベント紙)
『全ての音に神経を研ぎ澄ませ、いのちの音を響かせる…。TAOは、見る者すべての人々の心を震わせる』(2007)
(China Times―中チャイナ・タイムズ紙)
『神と世界が愛した響き』(2006)
(Hamburger Abebdblatt―独ハンブルガー・アーベントブラット紙)
『日本の集団が、ハイセンスなドラムを流行の最先端へと導く』(2006)
(Hamburger Morgenpost―独ハンブルガー・モルゲンポスト紙)
『驚くべき身体力と、鮮烈なバチさばきを持つ日本の集団』(2005)
(THE INDEPENDENT―英ザ・インディペンデント紙)
『疑いもなく、今年のフリンジ・フェスティバルの中で最高傑作の舞台。このショーを見逃すな!』(2005)
(EDINBURGH EVENING NEWS−英エディンバラ・イブニング・ニュース)
『TAOのショーの翌日から、街中全ての人人々が食器や野菜を太鼓のようにたたきだした』(2005)
(DELFTSE POST−和蘭)
『TAOによる和太鼓の古代芸術なしでは、このエディンバラ・フリンジ・フェスティバル2004は完成しなかった』(2004)
(THE SUNDAY TIMES−英ザ・サンデイ・タイムス)

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History

九州 100 万人動員計画
TAO-九州100万人動員計画1993 年、「和太鼓を世界に通用するエンターテイメントに」を掲げて「道〜TAO〜」は結成された。和太鼓ブームという追い風が吹き、ともすれば実力を超えてもてはやされてしまいがちな時代。だがそこでTAOが選んだ道は、九州の地に根を下ろし、世界に互してたたかえる力を磨くことだった。
95 年、本拠地を大分県久住町に移転、「九州百万人動員計画」を打ち立てる。和太鼓エンターテイメントと呼ぶにふさわしい斬新な舞台作り、地元九州を中心とした公演活動にとりくみ、7年半で目標だった百万枚のチケットセールスを達成する。
舞台に育まれた 10 年間
TAO-舞台に育まれた10年間久住に根を下ろしたTAOはきびしいトレーニングを積み、また時には海外でエンターテイメントの舞台作りやさまざまなパフォーマンス・テクニックを学ぶ一方で、年間 200 を数えるステージを踏んできた。
年毎に新たなテーマで創作した作品を携えての地元を中心とした九州ツアー。そして「北島三郎公演」には創立当初からほぼレギュラーで出演。また、 1999 年には、プロ野球セリーグ開幕戦、第 50 回NHK紅白歌合戦のステージにも出演し注目を集める。この舞台の積み重ねの中で、TAOは着実にその実力を蓄えていった。
TAOの里〜 GRANDIOSO 〜誕生
TAO-TAOの里GRANDIOSO誕生

2000 年、美しい久住高原のただ中に、TAOはついに自分たちの「家」を建設した。「TAOの里〜 GRANDIOSO 〜」。“堂々と、雄大に”というその名にふさわしく、周囲は 360 度の壮大な緑のパノラマに抱かれた4万平方メートルの土地に、ライブハウス・レストラン・宿泊施設などを備えた複合集客施設である。

TAOは公演活動以外はここでトレーニングと創作の日々を過ごし、そして来客をもてなす。宿泊客だけが堪能できる大自然とのコラボレーション「日の出ライブ」は圧巻で、年間 50 日程度の営業日はすべて満室が続いている。
久住高原に世界の音を響かせる
TAO-久住高原に世界の音を響かせる

2002 年、TAOは自分たちを大きく育んでくれた久住の自然、まち、人々への、そして九州への恩返しの思いも込めて、「久住国際音楽フェスティバル〜 Beat of Globe 〜」を立ち上げた。TAOの里に 3000 名収容の野外劇場を建設。ここをメインステージとして、 2002 年には西アフリカのセネガル、南米エクアドルから、 2003 年には米ラスベガスからアーティストを招き、チケットはすべて完売。雄大な久住に、世界の音が響き渡った。

ついに世界へ。国内外同時正式デビュー
TAO-ついに世界へ。国内外同時正式デビュー

2004 年、TAOは2つの大きなステージを得て、ついに世界への扉を開いた。大手プロモーターのバックアップを受けての“国内メジャーデビュー”となる8月「東京国際フォーラム」公演。そして海外初の本格的な長期公演となる、英国で毎年開催される世界的な音楽・芸能の祭典「エディンバラ・フリンジ・フェスティバル」の最高峰「アセンブリ」での約1カ月の公演。TAOは、同時に訪れたこの二つの檜舞台で大成功を収めたのである。

2005 年ワールドツアー決定
TAO-2005年ワールドツアー決定

2004 年「エディンバラ・フリンジ・フェスティバル」での成功で、TAOは世界から大きな注目を集めている。 すでに今年、 3 月のニュージーランドを皮切りに、イスラエル、オランダ、ベルギーツアー、そしてイギリス・エディンバラでの再演が決定。 2006 年には、ドイツから始まるヨーロッパツアー、そして全英・全米でのツアーも計画されている。 いよいよ「世界の和太鼓エンターテイメント集団」TAOの歩みが本格始動した。

2006年 軌道に乗る2班体制。初の海外ロングラン公演で脅威のチケットセールスを記録
TAO-2006年

世界を巡る旅へと飛びだして2年目のTAOは、念願だった初の海外ロングラン公演となるドイツ・ハンブルグ公演からスタート、劇場設立以来の最高のチケットセールスを記録。その後、ベルリン、スイス、チューリッヒを巡演し、各地で大成功を収めた。さらに、主メンバーによるTAO-1、新生メンバーによるTAO-2の2班体制で精力的な演奏活動を展開。世界5カ国20万人動員、国内10万人動員、計30万人を動員。様々な初めの舞台、初めての経験を経て大きな飛躍と成長を遂げた。

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リリース情報:CD

THE MARTIAL ART OF NOISE(2004)
1. Super Festa
2. QUEEN
3. BEAT OF GLOBE
4. KONOSORANI TSUTSUMARETE
5. SHIZUKANARU HIKARI

BEAT OF GLOBE  ?TAO 10th Anniversary Memorial Disc−(2002)
1. Beat of Globe
2. 静かなる光
3. 循〜めぐり〜
4. 里の唄
5. Festa
6. この空につつまれて
Festa[GRANDIOZO](2001)
1. Festa
2. 静かなる光
3. 循〜めぐり〜
4. 坊がつる讃歌 不知火
5. Do 大祭
天響[TENKYO](1997)
1. STREET
2. Tenkyo`97 Introduction
3. Solo-Rhythm
4. 天響
5. 唐津
6. 大阿蘇
7. 大祭(Re-Mix)
8. Bonus Track TENKYO-U

リリース情報:DVD

THE MARTIAL ART OF NOISE(2005)
1. PREVIEW
2. 舞音の土也
3. 静かなる光
4. 循
5. 天響
6. この空につつまれて
7. FESTA
8. 郁恋
9. 大太鼓
10. 大祭
11. BEAT OF GLOBE
12. QUUEN
舞音の土也(2004)
1. 竹林の宴
2. 循―MEGURI
3. 郁恋―KAREN
4. この空につつまれて
5. 里の唄
6. 静かなる光
7. 凌駕―RYOGA
8. 道教―TAOISM
この空につつまれて(2002)
1. IMAGE 〜不知火・銀の画家たち〜より
2. 千手の願い
3. 静かなる光
4. 循〜めぐり〜
5. この空につつまれて
6. 里の唄
7. STREET
8. 輝く空と
9. FESTA
Festa[GRANDIOSO](2001)
1. Do大祭/大祭
2. 静かなる光
3. 循〜めぐり〜
4. 坊がつる讃歌/不知火
5. Festa
天響LIVE(1997)
1. STREET
2. Tenkyo`97 Introduction
3. KARAKURI
4. Solo―Rhythm
5. 天響
6. 唐津
7. MAGUMA
8. 大祭(Re-Mix)
TAO 1stアピアランス
1. 神衣KAMUI
2. 祇園GION
3. 天響TENKYO
4. 大阿蘇OHASO
5. 唐津KARATSU
6. TENKYOU

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