HISTORY
1994年 大自然に魅せられ、活動拠点を大分県・久住高原へ
五穀豊穣の祝い、あるいは雨乞い、魔除けなどの祭ごとにも用いられるなど、和太鼓は古くから日本人の心、祈りとともに生き続けてきた伝統楽器である。その「和太鼓を世界に通用するエンターテイメントに」そんな志を胸に1993年に結成されたTAOは翌年、久住の大自然に魅せられて、この地に根を下ろす。しかし、それは決して夢に溢れたものではなく、結成当初に目指したラスベガス公演の中止により行き詰まっていたTAOが再起を期して選んだ地だった。
町から借り受けた仮住まいの住屋で過ごした6年間。しかしその間に、地元や近県のイベント参加、今ではすっかり常連となった「北島三郎」公演への出演などを足がかりに、徐々に活動の場を広げていく。
1996年には、世界に通用するエンターテイメントを学ぼうと、ラスベガスでの初海外研修も行った。そしてその成果をもとに1997年には、和太鼓のステージにストーリー性と舞台演出を加えた「天響」ツアーをスタート。
『言葉なきミュージカル』として話題を呼んだ。さらに、1999年からスタートした「道楽」ツアーを経て、TAOのエンターテイメントは着実にその実力と評価を確立していくのである。


この頃、TAOのもう一つの大きな転機が訪れようとしていた。TAOの里〜GRANDIOSO〜の設立である。久住高原の絶景のパノラマの中にぽつりと経つ空きペンション。そのロケーションの素晴しさが、TAOのメンバーを魅了した。朽ちかけていたその建物を、団員総がかりの手作業で公演の合間を縫って改修。2000年7月、ついに念願だった自分達の里・GRANDIOSOが完成したのである。










