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浮世夢幻打楽-参の絵巻-制作ブログ

今年も獅子奮迅が如く、日本を、世界を、東奔西走するTAO。
3月に入ると、YELLOWが、「北島座長50周年記念公演」に出演するため、2日東京へ飛び立った。そして入れ替わるように、4日REDがヨーロッパツアーから帰国し、そのまま沖縄で休息を取り、10日から始まる作品制作の英気を養った。
NYから音楽監督の奈良部氏が来日して、5月から始まる日本ツアーに向けた「新作、参の絵巻」の制作がTAOの里で始まった。
更に、その製作現場をFNSの取材陣が、里を訪ねての密着取材も始まった。
2011年3月11日、午後2時46分
2日間に亘るFNSの密着取材が終わりに差し掛かったその時、私は着替えのため2階の自分の部屋にいて大きな揺れを感じた。
「また福岡で地震があったのでは?」と咄嗟に思った。
更に余震が・・・
「また悪夢の福岡西方沖地震の再来か?」
不安になって、福岡にいる家族へ電話をした。
そして、その揺れは、東北地方であることを知らされた。
「えっ、この九州まで揺れたということは、もしかして巨大地震???」
1階レストラン横の視聴覚室のテレビをつけ、目を奪われた。
まさに大津波が街を襲う寸前の映像が映し出されていた。
私はTAO全員を視聴覚室に集合させ、テレビを見せた。
「・・・・・・・・」言葉がでない。
「逃げろ!そっちじゃない!危ない!」
どんどん、家も車も人も呑み込んでいく津波。
沢山の残骸と一緒に黒く淀んだ津波。
「なんでぇ~?どうして~?」
遂に亜里沙が泣きだした。
その他の女性メンバーも声を押し殺して、涙が溢れていた。
男性メンバーは全く言葉がでない。
私も瞬きできないほど茫然としていた。
ただ、これはかつて日本が経験したことのない大災害だ!と思った。
そして、「これから日本は大変なことになる!」という予感が体全体に走った。

3月14日、マカオにいた私に日本から電話が鳴った。
「九州新幹線開通記念&新博多駅ビル開業記念イベント中止」の知らせだった。
実は、ファンの方々にはサプライズ企画のため、ギリギリの15日にお知らせ予定だった、このイベント。JR九州が後世にも伝えられる最大級のイベントをTAOに託し、3月18日~20日の3日間、TAO特設野外公演「弐の絵巻リターン」を行う予定だった。野外で劇場スタイルの公演を行うため、その仕込み準備はかなり前から進行していて、私たちTAOも2011年の最重要公演として位置付けていた。
愕然とする私に、マカオへ同行していた奈良部氏が気遣いをしてくれた。
水藤・亜里沙・夏子の3人を連れて、ダウンタウンの楽器屋巡りをして、私を一人にしてくれた。
製作関係のスタッフへ電話をし、中止の件を伝え、すでに組み込まれているステージの撤去などの指示をした。スタッフの全員が中止による損害の相談は一切なく、
ただただ「当たり前です!」とだけつぶやいていた。
恥ずかしい話、私はどこかまだ諦めきれない自分と被災者への思いが交差していた。
「こんな時、イベントなんて絶対にやってはいけない!当たり前だ!」と言い聞かせていた。

3月18日
3月末までの予定だった「日生劇場・北島座長50周年記念公演」に出演しているYELLOWが公演中止のため帰って来た。
あちらこちらから残務整理のための相談の電話が引っ切り無しに鳴る。
誰もが「残念ですが・・・」と、涙ながらの電話だったが、誰もが我を通すような話はなかった。
今は被災者の方々のために何をすべきか?が一にも二にも最優先で、我れのことは後回しである。

その後、今年予定されている日本公演の約半分が、中止もしくは中止になるかも?という連絡がプロダクションからあった。
更に過去17年間、一度も前年を下回ることがなかった九州公演の先行が、半分以下だと聞かされた。
「・・・・・・・」
「う~ん、立ち直れないなあ。」
「いや、当たり前だ!」
「こんな時自分たちのことは後回しだ!それより我々は今何をすべきか?」
と、自分に問いかけるように、メンバーやスタッフに尋ねてみた。
「・・・・・・・」
メンバーも言葉がない。あまりにも災害が大き過ぎる。自分たちでは全く判断付かないレベルの出来事だからだ。
昨年の東北公演は、日本で一番熱い歓喜に溢れた公演だった。仙台、岩手の北上、山形の寒河江、感動を得たのは私たちの方だった。あの素晴らし過ぎるほどの東北の人たちとの出会いは、今年東北10公演を予定していた。
たった3年で、17年続けている九州に匹敵するほどの広がりをみせていたため、今年の秋の東北公演は、最も楽しみにしていた公演だった。

中止になるのが悲しいのではない。
今すぐにでも会いたい人たちが、悲しみに明け暮れているのに、何もできない自分が嫌なだけだ。
なんと無力な、なんとダメな人間なのか?
自分を責めても責めても、どうすることもできない。
恥ずかしい限りだ。

そんな時、日本の国家を救う勇者が現れた。
家族にただ「行ってきます!すみません!」とだけ伝え、福島の原子力発電所へ放水作業に向かったレスキュー隊。
家族は、「日本を救って下さい!」とだけメール返信をしたそうだ。
この報道には、私は大泣きしてしまった。
こんな人がまだ日本にいたんだ。
一昨年、鹿児島の知覧にある「特攻記念館」へ行った時のことを思い出した。
戦争ということで賛否両論はあるが、彼らもまた日本のためと信じて命を国に捧げた勇者である。
それから、被災地で救助された人たちの談話が放送された。
ある人は、全ての人が避難するまで呼びかけをしていて命を落とした人。
中国人労働者を最後の一人まで避難させて命を落とした人。
自分の命よりも他人の命を重んじる崇高な精神を持った人たちが、こんなにいたんだ。
驚きと言うより、なんかとても励まされ、勇気を貰った。
TAOにできること。
なんか見えてきた。

日本人としての絶対的な誇り・・・・
敗戦の経験から生まれた平和への絶対的な願い。
思いやり、気遣い、誠意を美徳する国民性。
礼儀・礼節・敬愛は日本が培ってきた文化で、美しさへの探求が半端ではない。
もしかすると、戦争の無い世界を作れるのは日本人だけなのでは?
自然や生物多様性を守れるのも日本人だけなのでは? とさえ思えてきた。

日本人として、日本を誇りに思う!
よし、そんな思いを込めて、作品に新たなメッセージを加え、日本人が誇れる渾身の作品に仕上げていこう・・・・・
震災後、心弱く、ちょっと停滞していた作品制作にようやく力が入ってきた。
TAOにできるとこは、被災者の方を始め、皆さんに恥じない作品を作ること。
ただ、それだけだと気付いた。

そして、その制作過程を随時WEB上でお知らせすることで、被災者の方々の力となればと思った。もちろん、義援金の募集もWEB上で、各公演会場で、どんどん行っていくつもりです。

負けられない!
一人じゃない!
自分のためじゃない!
皆さんのため、日本のため、そして、この地球のため・・・・・
作品に命を入れ込みます!!
私たちの命の炎を燃やし続けます!!
そして、信じてください・・・・・
TAOはいつも皆さんと一緒にいます!!

2011年3月20日
TAO代表 藤高郁夫


TAOメンバーメッセージ

水藤 義徳

日本全国ツアーへ向けた新作、『浮世夢幻打楽・参の絵巻』を久住で制作している時にあの大震災が起きた。
テレビから流れる情報の中に、いくつも訪れた事のある街の名前が出て来た。
「やめてくれ!」画面に向かって叫んでも、何も変わらなかった・・・・。

これから、どうするのか・・・・。
それぞれの立ち位置で、今自分に何が出来るのかを考えて行こう。

一日でも早く、被災地の皆さんの生活が落ち着きを取り戻しますように。

その時には皆さんの心を元気にする為、『参の絵巻』と共に笑顔をお届けします。

西 亜里沙

私がもし被災地に居たとしたら、今の私にきっとこう言うだろう。
「泣いたり、悲しんだり、哀れんだりするのは止めて!あなたが泣いても仕方が無い!泣きたいのはこっち、泣いてる暇があったらやれる事をやって!
先が見えない涙なんて無意味だから。前を見て顔を上げて、涙でぐしゃぐしゃでもかまわない、とにかく動き出して!
被災者の為に!日本の為に!日本を助けようと援助してくれる世界中の人達の為に!」

東北地方で公演をした時、舞台に立つ私達が、客席から凄いパワーを貰った。
カーテンコールで、あまりの勢いに感動の涙が溢れたのを今でもはっきりと覚えている。

今の私に出来る事、それは沢山の悲しみで冷たくなってしまった全ての人達の心を優しく暖める、最高の舞台を作り上げる事。
それだけを胸に今、悲しみから抜け出し、歯を食いしばり、一歩を踏み出します。
被災者の方々の強さを信じています。皆さんの素敵な笑顔に再び会える事を信じています。

滝 良平

震災時、テレビで写っている映像が本当に実際に起きていることなのか、全く信じられない自分がいた。
母親と会えず泣き叫ぶ少女、妻と子供を亡くした私と同い年の男性。
一体彼らが何をしたのか、ただ幸せに暮らしていただけなのに何故あんな目にあわなくてはならないのか。
地球を憎んでも仕方のないことだけれど、ただただ悔しくてたまらない。
被災地から遠く離れた九州にいる私達TAOができること。
色々考えたけれど出てきた答えはただ一つ。
それは被災された方々の心の傷を少しでも埋めることができる作品を作り上げることだけ。
私達は米を作ることができなければ、パンも作れない。
ただ、今生かされている命を、精一杯燃やすことしかできない。
この震災で涙を流した人のために。

岸野 央明

頑張れなんて簡単には言えない。

本当のつらさは実際に体験した人にしか解らないから。

元気になってもらおうなんて、おこがましいことは考えない。

ただ、今自分に課せられていることを、全身全霊をかけて精一杯尽くす。

何の役に立つ訳ではないが、それが僕なりの応援メッセージであり、僕が唯一できることだから。

河原 シンゴ

『被災者の皆様へ』
テレビ画面に映し出される東日本大震災は、自分が住んでいる日本で起こっているものだとは思いたくありませんでした。
遠く離れた九州の山中からでは、太鼓の音は届けられないし、笛の響きだって伝わりません。
いつの日か、『頑張って』の一言では伝えきれない応援メッセージを届けに行くことを約束します。

黒柳 夏子

今はまだ不安で眠れない日々が続いていると思いますが、ゆっくり安心して休める日々が必ずやってくると信じています。

生きる力が湧いてくるような、そんな舞台を創りますから、信じて待っていてください。

傷ついた皆さんの心に、暖かい光が差し込みますように。笑顔が戻りますように。
そう、願っています。

森藤 麻記

人の苦しみや悲しみとは誰にも計り知れないものです。
報道を見て昨年訪れた東北での公演の事が脳裏をよぎり、
皆の笑顔を思い出しては胸が痛む毎日です。

今、私にできる事を精一杯、この久住で作品作りと稽古に没頭しています。
被災地に、日本中に、元気と笑顔が戻るように、
多くの人に喜んでもらえる作品を、衣装を、創りあげます。
待っていて下さい。

皆で心から喜び合える日々を取り戻しましょう。

江良 拓哉

握りコブシをつくった。
目の前でたくさんの人の笑顔が、幸せが、愛が、尊い命が流されて行く。
許せない。目頭が熱くなる。
そして今何も出来ない自分も許せない…。

被災された人達の様子が映し出された。
変わり果てた姿に言葉を失う。
東北での数々の公演を思い出す。
会場いっぱいに溢れる笑顔…。
出てきてはパッと消える。

今はただ、ただ、がんばってほしいとしか言えない…

原発の消火活動に向かう勇士達。
放射線の中へ飛び込む勇士達。
死と隣り合わせの中、家族の事を想い、そして日本の未来を想う。
日本を評価するのは政府のやり方じゃない。
彼らの姿だ。

今はただ、ただ、祈る事しか出来ない…

僕は?

僕に出来る事。
もう一度悲しみに満ちた日本を元気にしたい!
そしてもう一度笑顔になれるように
もっともっといいステージを作り上げていきたい!

どんな困難だって立ち向かってやる!血豆だって作ってやる!
悲しい時も笑ってやる!
みんなが元気になれるようにがむしゃらに突っ走る!!

原崎 太郎

呆然と立ち尽くしていた。目に飛び込んでくる画面上の光景を信じる事が出来ず、あるのは無力感のみ。
こんなにも人間が、そして自分が無力だと感じた事はなかった。

今すぐ駆けつけて何かの役に立ちたい、でもいったい自分に何が出来るのか。義援金や救援物資。当然、何をおいてもそれがまず必要だ。
でも、それとは別に、TAOにしか出来ない何かがあるはず。

これまで、本当にファンのみなさんの笑顔に支えられてやってきた。その笑顔の為に、舞台に立っていると言っても言い過ぎではない。
だから、今度は僕がその笑顔を取り戻す助けとなりたい。

佐藤 和哉

こんなにも、遠くにいる大多数の人々に、心を痛めたことはなかった。

こんなにも、助けに駆けつけられないことを歯痒く思ったことはなかった。

でも、こんなにも日本の国民という枠で仲間意識を持ち、力になりたいと心から思ったこともなかった。

だからこそ、奏でます。僕らに出せる最高のエネルギーを形にして。
そして感じて欲しい。生きているから感じられる喜びと感動を。

原口 純一

テレビ越しに流れてくる映像を見て、ただ呆然と立ち尽くした。というか立ち尽くすしかなかった。
信じられなかったし、信じたくなかった。日本でこんな事が起こるなんて…だが考えてもどうしようもない。
直接出向いて救う事なんて出来ないけど、今の僕等には太鼓というものがある。
小さな元気かもしれない。でもそれが東日本の力になれるなら。そう信じて太鼓に向かおう。
一日でも早い復興を祈って…

本田 篤芳

あの映像を思い返すと、今でも胸が痛みます。
ただ立ち尽くし、テレビを眺める事しかできなかった自分にいったい何ができるか…。
いま、世界中から多くの手が差し伸べられているのなら、
僕はもっと笑顔を、もっと想いを込めて参の絵巻の舞台に立つ事を誓います。

被災された方々が希望とあの笑顔を取り戻せるために。

相戸 喜代子

東京にいた。揺れを感じた時、私は血の気が一気にひいた。
急いで帰宅し、流れるテレビの映像に言葉を失い、そこから動くことが出来ない。

まさかこんなことが…

繋がらない電話や頻繁に起こる余震に怯え、夜も眠れなかった。

私達に何が出来るのか?

1日も早い復興を。そして こんなことが二度と起こってはいけない。
そう強く願わずにはいられない。

岩谷 あすか

皆の心の傷となった,東日本大震災。
公演をさせて頂いた場所が…もし,TAOの公演を見に来てた人がいたら…
そう思うと言葉になりません。何と言っていいかわかりません。
私は笑うことが好きです。笑顔こそが元気の源だと思っています。東北の皆さんに笑顔になってもらいたいです。
私はTAOとして笑顔を届けたいです。

谷中 宏康

3月11日、ニュースで目にした景色。言葉がでませんでした。思い出すのは、公演で行った時に見た活気に満ちた町並み、笑顔が素敵な人達……。
今、僕達に出来るのは思いを込めて祈ること、日本が、世界が、東北に向けて思いを飛ばしています。皆でこの壁を乗り越えて、再建しましょう。
僕達も更なる元気を届けに行ける事を目標に今を一生懸命生きていきます。

大矢 雄仁郎

目の前は困難ばかりで、
忘れられない過去となった東日本大震災。
東北の方たちには、なんと言葉をかけてあげたらいいのかと、
言葉さえも無くなる悲劇だったが、
生きる希望を失わず、みなさんに笑顔が戻ることを心から祈っている。
振り返って過ぎ去った過去に咎めず、一歩ずつ前に歩み、今を精一杯に生きてほしい。

山口 泰明

東北で戦ってる皆さんへ。寒いし、お腹空くし、着替えも無いしと大変だと思いますが、皆さんっ!
今世界中が皆さんの味方になってます。遠く離れた久住でも少しでも役に立てればと思いTAO一同、一生懸命になってます。
早く再建し活気を取り戻して下さい。
1日でも早く皆さんに笑顔が戻ってくる事を願っています。

政所 和幸

今、僕達に出来ること 

本当に大切な人と一緒にいられることに感謝したい。
何を言っても信じ合える、本物の心を大事にしたい。
そういう大切な、宝物のような仲間と共に生きていられることに
心から感謝したい。
今日も、ただただ、思いを込めて打ち続けます。
少しでも多くの方々の元気な笑顔に出会えますように
心から祈っています。

渡辺 涼介

僕たちYELLOWはあの瞬間、東京にいた。
「結構 揺れたね」
あの日聞いた会話はこんなものだった。
その数時間後、現状を知った僕達は絶句した。
尊いもの達が失われる様、それをただ、じっと見つめていた。

何か出来る。
どんな小さな事でも、こんな自分に出来ること。
心が動いた以上は、何もせずにはいられない。
被災地の人たちへ、一緒に戦うことを誓います。

岩谷 晋太郎

高校を卒業し地元秋田を離れ、3年間宮城にいた。
その大切な思い出の地がまさかこんな大変な事になるとは思わなかった。
自分自身も心配で気を落とす日が続いた。
しかしそんな時に仲間が元気付けて支えてくれました。
こんな大変な時だからこそ助け合い、支え合いが大切なのだと改めて気が付きました。
今は小さな蕾でも必ず大きな華を咲かせて地元東北に錦を飾ります。
必ず皆さんにとびきりの笑顔をお届けに参ります。
それまで頑張れ東北!!



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